先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門について 癌を中心とする難治性疾患の予防・診断・治療に貢献

癌幹細胞マーカーCD44の機能解析

永野 修

接着分子CD44とは

CD44はヒアルロン酸をはじめとする細胞外マトリックスと結合する接着分子であり、1.リンパ球ホーミング、2.リンパ球活性化、3.細胞-細胞間接着及び細胞-基質間接着、4.細胞運動、5.癌細胞増殖・転移などに深く関与している。そしてその機能は発現量だけでなく、alternative splicingによるバリアントアイソフォームの発現や、糖鎖付加やリン酸化といったいわゆる翻訳後修飾によっても制御される。また近年の報告では、CD44は様々な固形癌における癌幹細胞マーカーとして注目されており、その発現意義および機能を解析することは非常に重要であると考えられる。

 

CD44バリアントアイソフォームによる活性酸素調節機構

最近の研究で、我々はCD44のバリアントアイソフォームが細胞膜においてシスチントランスポーターであるxCTと結合し、グルタチオン生成を促進することで癌細胞の活性酸素の蓄積を抑制し、酸化ストレスへの抵抗性を高めていることを見出だした。また胃癌マウスモデルを用いた生体レベルでの解析から、CD44の発現抑制は酸化ストレスシグナルに関連するp38 MAPキナーゼの活性化や細胞周期の制御タンパク質であるp21の発現亢進を誘導するとともに、腫瘍の増殖を著明に抑制することが分かった。このように、これまで単なるがん幹細胞マーカーのひとつと考えられていたCD44が活性酸素種の制御を介して癌幹細胞としての特性を維持するために機能的に働くことは、癌細胞が抗癌剤や放射線治療に対して抵抗性を示すひとつの分子機構であると考えることができるとともに、CD44やxCTの阻害は癌幹細胞を標的とする新たな治療法の確立につながる可能性を秘めていると考えられる。

 

 

CD44細胞外ドメインのproteolytic cleavage(切断)による機能調節

 リンパ球やある種の癌細胞では培養上清中に可溶型CD44(soluble CD44)と呼ばれる細胞内領域及び膜貫通領域を欠いたCD44が存在することが知られている。このsoluble CD44は実際に癌患者の血清中にも検出され、胃癌や乳癌患者では血清soluble CD44値と病期との間に相関を認めることが報告されている。実験的にも高転移性のメラノーマ細胞株では培養上清中に大量のsoluble CD44が検出されるが、同じ細胞由来の低転移株では殆ど検出されないことから、soluble CD44の増加は癌の進展の指標となりうるのではないかと予想されていた。我々は、このsoluble CD44はCD44が細胞外領域にてADAM型メタロプロテアーゼであるADAM10, ADAM17によってcleavageされた後のN端フラグメントであることを発見した。さらにこのCD44 cleavageをメタロプロテアーゼ阻害剤やADAM10, ADAM17のRNAiによって抑制すると、CD44のリガンドであるヒアルロン酸上での癌細胞運動能が抑制されることから、CD44 cleavageという現象そのものが癌細胞運動に大変重要であることが分かった。さらに、CD44 cleavageを引き起こすシグナルを解析した結果、細胞外カルシウムの流入やPKCおよび低分子GTP結合蛋白質Racの活性化によって誘導できることを見出した。 また、細胞外カルシウムの流入は、ADAM10を活性化し、CD44の切断を引き起こすこと、一方、PKCおよび低分子GTP結合蛋白質Racの活性化はADAM17を介したCD44切断に関わっていることを見出しており、様々な刺激によって異なるADAM型MMPの活性化が誘導され、CD44の発現から分解までのサイクル(turn over)を促進させることで、癌細胞の細胞外マトリックスとの接着・離脱を制御し細胞運動を効率良くしていることが推測される。

 

上皮-間葉転換(EMT)におけるCD44の発現意義

 最近の多くの研究の成果から、上皮性腫瘍つまり癌の浸潤は、腫瘍の周縁部における腫瘍細胞の細胞-細胞間接着の喪失から始まることが明らかになってきた。細胞間-細胞間接着を喪失したそれらの細胞では、細胞膜から核へのシグナルが伝わることによって、上皮としての特性を失い周辺組織に移動しやすい間葉系細胞としての特徴を獲得する上皮間葉転換(EMT)と呼ばれる現象が誘導され、それが腫瘍の浸潤および転移の引き金を引く重要なイベントであると考えられている。EMTが起こると、細胞間接着は減少し、細胞極性は失われ、間葉系細胞としての性質、つまり細胞外マトリクス(ECM)との相互作用の増加や浸潤機能の亢進、が見られる。EMTは胎児の発生や創傷治癒などの生理的イベントとして重要であると同時に、最近では各種臓器の線維症と呼ばれる疾患の主たる原因であることが解明されつつある。因って、EMTの誘導を阻害し、細胞の上皮性を維持することが、各種疾患の予防あるいは治療に直接つながると考えられる。網膜色素上皮細胞は長期の培養においても上皮性が維持されている細胞だが、炎症性サイトカインであるTNF-αを作用させると、カドヘリンの低下、ECM産生の増加、線維芽細胞様の形態変化など典型的なEMT様変化を呈し、ECM内に細胞が遊走集積する特徴的な線維性集塊(EMT-associated fibrous deposit: EAFD)の形成を認めるようになる。我々はこのEMTの結果生じるEAFDの形成にはヒアルロン酸産生の増加とCD44-ERMタンパク質の相互作用が関わることを明らかにした。また、この相互作用はTGF-β 受容体の細胞内局在を制御しEMTを誘導する重要なシグナルであるTGF-β-SMAD系を調節していることを見出だしている。近年の報告から乳癌などの癌幹細胞はEMT phenotypeを呈することが知られている。このことからもCD44がEMTを制御するメカニズムの解明は癌幹細胞の維持機構を明らかにすることができるとともに癌幹細胞を特異的に標的とした治療法の開発にもつながると考えられる。

 

関連論文

1) Ishimoto T, et al: Cancer Cell (2011) 19: 387-400.

2) Ishimoto T, et al: Cancer Sci (2010) 101: 673-678

3) Takahashi E, et al: J Biol Chem (2010) 285: 4060-4073

4) Inumaru J, et al: Genes Cells (2009) 14: 703-716

5) Nagano O, et al: Cancer Sci (2004) 95: 930-935

6) Nagano O, et al: J Cell Biol (2004) 165: 893-902