研究内容

癌幹細胞マーカーCD44の機能解析

永野 修

鉄依存性細胞死(フェロトーシス)とシスチントランスポーターxCTの役割

癌細胞内で代謝や抗癌剤治療などにより、H2O2などの活性酸素が蓄積すると、フェントン反応により2価の鉄イオン(Fe(Ⅱ))の存在下で、ヒドロキシラジカル(・OH)が生成される。この・OHは細胞内の不飽和脂肪酸を酸化することで過酸化脂質、いわゆるLipid ROSを細胞内に蓄積し、アポトーシスとは異なる経路でフェロトーシスという鉄依存的な細胞死を誘導することが知られている。癌細胞にしばしば高発現しているシスチン-グルタミン酸交換輸送体のサブユニットxCTは、フェロトーシスを抑制する働きがあることが知られており、癌治療の有望な標的の一つであると考えられている。慢性関節リウマチや潰瘍性大腸炎の治療薬として長く用いられてきたスルファサラジン(SSZ)という既存薬は、癌細胞で活性化しているシスチン取り込みを特異的に阻害する効果があり、癌細胞内のシステイン欠乏を引き起こし、グルタチオン合成を効果的に抑えることができる。我々はこれまでにSSZを用いた臨床試験を実施しており、進行肺癌では、SSZを従来の抗癌剤と併用することで、progression-free survivalが著明に延長することを報告している(Cancer Sci. (2017). 108:1843-1849)

xCTとアルデヒド脱水素酵素ALDHの同時阻害による合成致死機構

これまでの基礎研究から、酸化還元状態の維持におけるxCTへの依存度は癌細胞の代謝状態によって大きく異なることや、xCT阻害剤に対して感受性を有する癌細胞においても長期投与の結果、耐性化が生じうることも明らかとなっている。 そこで我々は、xCT阻害剤に対して抵抗性を示す癌細胞においてxCT阻害剤の増感剤を同定するために、薬剤スクリーニングを行い、アルデヒドデヒドロゲナーゼ(ALDH)の共有結合性阻害剤として作用する経口麻酔薬ジクロニン(DYC)を同定した。 DYCとSSZは協調的に、細胞毒性を有するアルデヒド4-ヒドロキシノネナール(4-HNE)の細胞内蓄積を誘導するとともに、xCT阻害剤抵抗性の癌細胞に対しても細胞死を誘導することが分かった。また、DYCとSSZの併用による治療は、SSZの単剤投与に対して抵抗性を有する腫瘍の増大を協調的に抑制することが可能であった。さらに、我々は新たに血管拡張薬であるオキシフェドリン(OXY)が、 DYCに類似した構造およびALDH阻害活性を有し、SSZ抵抗性腫瘍に対してSSZの増感剤として作用することを明らかにした。さらに、OXYには放射線治療の持つ癌細胞増殖抑制効果を増強する作用があることも示した。今後、フェロトーシス誘導剤に対して低感受性または抵抗性を有する癌に対しては、ALDH阻害活性を持つOXYなどの既存薬を併用することでフェロトーシス誘導剤の抗腫瘍効果を高めていくことができると考えている。

xCTとアルデヒド脱水素酵素ALDHの同時阻害による合成致死機構

CD44バリアントアイソフォームを介した活性酸素調節機構と腫瘍の悪性化機構

CD44は様々な固形癌における癌幹細胞マーカーとして注目されており、その発現意義および機能を解析することは非常に重要であると考えられる。 最近の研究で、我々はCD44のバリアントアイソフォーム (CD44v) が細胞膜においてシスチントランスポーターのサブユニットであるxCTと結合し、シスチンの取り込みを活発化させ、グルタチオン生成を促進することで癌細胞の活性酸素の蓄積を抑制し、酸化ストレスへの抵抗性を高めていることを見出だした。また胃癌マウスモデルを用いた生体レベルでの解析から、CD44の発現抑制は酸化ストレスシグナルに関連するp38 MAPキナーゼの活性化や細胞周期の制御タンパク質であるp21の発現亢進を誘導するとともに、腫瘍の増殖を著明に抑制することが分かった。このように、これまで単なる癌幹細胞マーカーのひとつと考えられていたCD44が活性酸素種の制御を介して癌幹細胞としての特性を維持するために機能的に働くことは、癌細胞が抗癌剤や放射線治療に対して抵抗性を示すひとつの分子機構であると考えることができるとともに、CD44vやxCTの阻害は癌幹細胞を標的とする新たな治療法の確立につながる可能性を秘めていると考えられる。 以前から、CD44のバリアントアイソフォーム(CD44v)の発現は、遠隔転移と関連していることが報告されてきた (Günthert U, et al: Cell (1991) 65: 13-24, Tanabe KK, Ellis LM, Saya H: Lancet (1993) 341: 725-726)。 しかしながら、その詳細な分子メカニズムに関しては良く分かっていなかった。 今回、我々はCD44v-xCTを介した酸化ストレス回避機構が、癌細胞の肺への転移を促進することを明らかにした。 高転移性のマウス乳癌細胞株4T1細胞をCD44v陽性と陰性の細胞画分に分離し、それらの肺転移能について検討したところ、CD44v陰性細胞に比べて明らかにCD44v陽性細胞で高いことが分かった。 また、質量分析イメージングを用いて、CD44vを高発現する肺転移巣には抗酸化物質である還元型グルタチオン(GSH)が高く含まれていることを見出した。さらに、CD44 mRNA の選択的スプライシング制御因子であるESRP1の発現を抑制すると、細胞表面のxCTの発現および癌細胞内GSH含有量は著明に低下し、肺転移を著明に抑制した。 また、4T1細胞におけるCD44v陽性細胞と陰性細胞のESRP1発現制御機構について解析したところ、ESRP1遺伝子座のヒストン修飾の変化が関連しており、転移性乳癌4T1細胞では、スプライシング制御因子ESRP1はエピジェネティックに発現制御されることが示唆された。これらの知見はCD44vの発現が高い転移性癌においては、CD44vやxCTを標的とした有効な治療法を開発できる可能性を示している。 また、ESRP1のエピジェネティック制御という新たなCD44v発現制御機構の解明は、新規標的分子の発見に繋がることが予想され、癌治療薬開発において大変重要な意義を持つと考えられる。

CD44細胞外ドメインのproteolytic cleavage(切断)による機能調節機構の解明

リンパ球やある種の癌細胞では培養上清中に可溶型CD44(soluble CD44)と呼ばれる細胞内領域及び膜貫通領域を欠いたCD44が存在することが知られている。このsoluble CD44は実際に癌患者の血清中にも検出され、胃癌や乳癌患者では血清soluble CD44値と病期との間に相関を認めることが報告されている。実験的にも高転移性のメラノーマ細胞株では培養上清中に大量のsoluble CD44が検出されるが、同じ細胞由来の低転移株では殆ど検出されないことから、soluble CD44の増加は癌の進展の指標となりうるのではないかと予想されていた。我々は、このsoluble CD44はCD44が細胞外領域にてADAM型メタロプロテアーゼであるADAM10, ADAM17によってcleavageされた後のN端フラグメントであることを発見した。さらにこのCD44 cleavageをメタロプロテアーゼ阻害剤やADAM10, ADAM17のRNAiによって抑制すると、CD44のリガンドであるヒアルロン酸上での癌細胞運動能が抑制されることから、CD44 cleavageという現象そのものが癌細胞運動に大変重要であることが分かった。さらに、CD44 cleavageを引き起こすシグナルを解析した結果、細胞外カルシウムの流入やPKCおよび低分子GTP結合蛋白質Racの活性化によって誘導できることを見出した。 また、細胞外カルシウムの流入は、ADAM10を活性化し、CD44の切断を引き起こすこと、一方、PKCおよび低分子GTP結合蛋白質Racの活性化はADAM17を介したCD44切断に関わっていることを見出しており、様々な刺激によって異なるADAM型MMPの活性化が誘導され、CD44の発現から分解までのサイクル(turn over)を促進させることで、癌細胞の細胞外マトリックスとの接着・離脱を制御し細胞運動を効率良くしていることが推測される。

関連論文

1) Otsuki Y, et al: Cancer Sci (2020) 111:127-136.

2) Okazaki S, et al: Cancer Sci (2019) 110:3453-3463

3) Okazaki S, et al: Oncotarget (2018) 9:33832-33843

4) Otsubo K, et al: Cancer Sci (2017) 108:1843-1849.

5) Shitara K, et al: Gastric Cancer (2017) 20:1004-1009.

6) Tsuchihashi K, et al: Cancer Res (2016) 76:2954-2963.

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11) Yae T, et al: Nat Commun (2012) 6; 3:883.

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15) Nagano O, et al: Cancer Sci (2004) 95: 930-935

16) Nagano O, et al: J Cell Biol (2004) 165: 893-902

 

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