メダカを用いたヒト疾患モデルの構築
メダカを実験動物として用いる
実験動物を用いたヒト疾患の研究は、主にマウスなどで行われており、大きな成果を上げてきました。そしてこれらは、今後もヒト疾患の研究および治療法の開発に不可欠な実験系であることはいうまでもありません。しかし、マウスやラットの実験系を用いた場合の難点は、実験施設に多大な経費が必要となり、個体あたりの単価も高価であることです。そのため、多数の個体を用いた大規模な実験を行うには、主に費用の面で困難を伴いました。そこで私たちが次世代の実験動物として重要視しているのが小型魚類であるメダカです。元々日本を生息地とするメダカは暑い夏と寒い冬に耐えて生育可能であり、環境に対する適応力がすばらしく、実験動物として適しています。近年、メダカの全ゲノム配列が報告され、ヒトの遺伝子と70%が共有されており、重要遺伝子に関しては90%以上の相同性を持っていることがわかりました。それに加え遺伝子導入や機能阻害の技術も飛躍的に改善され、マウスで行われていた研究のほとんどはメダカでも行うことが可能になりました。そこで、私たちはメダカ一細胞期胚を用いて、機能亢進のための遺伝子の導入、もしくは、機能阻害のためのゲノム編集を行いました。
ヒト癌遺伝子HRAS導入メダカ
2013年には高頻度で癌を生じる系統を確立しました(PLoS One : vol.8(1) : e54424, 2013)。ヒトの癌遺伝子HRASの高活性型変異を胚に導入することにより、メダカ黒色腫瘍モデルを構築しました。この黒色腫瘍メダカは、生後6ヶ月までに100%の個体に外観から確認でき(図1)、内臓、目、脊椎などほとんどの組織で黒色細胞が浸潤していました(図2)。既知の抗癌剤を投与することで有意な生存の延長がみられ、私たちの作製したモデル系が薬剤効果の確認に利用できることがわかりました。
がん抑制遺伝子PTEN機能欠損メダカ
2017年には、ゲノム編集技術TALENにより、がん抑制遺伝子PTENを機能破壊し、PTEN変異の表現型を回復する薬剤スクリーニングシステムを構築しました(PLoS One : vol.12(10): e0186878, 2017)。
ヒトのPTEN遺伝子は一つのみですが、メダカの場合、二つの遺伝子ptena 、ptenbが存在しました。それぞれ単独ホモ接合個体は野生型と比較して表現型に差はみられませんでしたが、二重ホモ接合個体は血管が確認できず、孵化することができませんでした。
孵化前の胚にPI3Kの阻害剤を投与することで血管が形成され血流が確認できました(図3)。つまりpten二重ホモ接合個体はPTEN機能欠損を補う薬剤のスクリーニングに利用することができます。
ヒト遺伝子疾患メダカ
特定の遺伝子で生じた変異に起因する遺伝子疾患をメダカで再現し、症状を軽減する薬剤のスクリーニングを目指しています。現在は、遺伝子疾患の中でも、単一遺伝子疾患、特に一塩基置換による一アミノ酸置換に起因する疾患について、メダカの遺伝子座でゲノム編集を試みています。
メダカを用いたヒト疾患モデルの今後
私たちはこれまで、がんを含む特定の遺伝子で生じた変異に起因する疾患をメダカで再現し、症状を軽減する薬剤スクリーニングが可能であることを示してきました。しかし、小型魚類を用いた疾患モデルという分野では、欧米をはじめ日本でもメダカに比べゼブラフィッシュが多く用いられてきました。メダカはゼブラフィッシュに比べ、寒暖差に強く、池や田圃など多少不純物のある環境でも問題なく生育します。メダカを疾患モデルの構築に用いる研究が増えるよう、今後も応用例を提示していきたいと考えています。