研究内容

がん幹細胞の分化制御機構の解明とそれに基づく新規治療法の開発

信末 博行

1. アクチン細胞骨格動態による分化制御機構の解明

ヒトなどの多細胞生物の体は、形や働きが異なる様々な細胞によって形成されていますが、このように特定の形と働きを持つようになることを「分化」と呼びます。細胞分化は種々の転写因子の発現によって誘導されることが知られており、未分化な前駆細胞から成熟した脂肪細胞へと分化する時には、PPARγと呼ばれる転写因子がまず発現します。他方、細胞は分化に伴ってアクチンと呼ばれる細胞の骨組み(アクチン細胞骨格)を組み換え、それぞれの機能に特徴的な形態へと変化することが報告されてきました。そのため、分化シグナルがアクチン細胞骨格を動かして細胞の形を決定しているであろうと漠然と信じられてきました。これまでに私達は、アクチン細胞骨格の動態変化が、MKL1という転写調節因子の核移行および転写活性を負に制御することで、PPARγの発現をONにして、脂肪分化を誘導することを明らかにしてきました(図1;文献1-3)。本研究は、細胞の「かたち」という物理的要素の変化が分化を直接制御するという、これまでの常識を覆す新たな概念であると考えます。現在、脂肪細胞の分化だけでなく、他の細胞種の幹細胞さらには未分化な性質を持つ腫瘍細胞(がん幹細胞)のアクチン動態を変化させることで分化を制御できるか検討するとともに、その分子メカニズムの解明を試みています。

アクチン細胞骨格動態による分化制御機構の解明

2. アクチン動態制御に基づくがん幹細胞の分化転換治療法の開発

私達はこれまでにマウス骨髄間質細胞に癌遺伝子c-MYCの過剰発現および癌抑制遺伝子Ink4a/Arfを欠損することによって、致死性の悪性腫瘍を形成する骨肉腫細胞を樹立しました。また、これら骨肉腫細胞の性状解析を行ったところ、抗癌剤が効く分化型のAX細胞と抗癌剤が効かないがん幹細胞様のAO細胞の2種類の細胞が同定されました(図2;文献4)。さらに私達は、AO細胞のアクチン細胞骨格を薬剤を用いて脱重合(バラバラにする)することで、成熟脂肪細胞へと終末分化が誘導され、腫瘍形成が抑制されることを発見しました(図2;文献4)。現在、これらの成果に基づいて、ヒト骨肉腫幹細胞、さらには他の組織型がん幹細胞において、アクチン動態を薬剤制御することによって、腫瘍形成リスクの低い細胞へと分化系譜を転換させて、腫瘍抑制するという新たな治療法(分化転換治療法)の開発を目指しています。

アクチン動態制御に基づくがん幹細胞の分化転換治療法の開発

 

文献1:Nobusue H, Onishi N, Shimizu T, Sugihara E, Oki Y, Sumikawa Y, Chiyoda T, Akashi K, Saya H and Kano K: Regulation of MKL1 via actin cytoskeleton dynamics drives adipocyte differentiation. Nat Commun (2014) 5:3368. doi: 10.1038/ncomms4368.

文献2:信末博行, 加野浩一郎, 佐谷秀行: アクチン動態変化による細胞分化の制御 細胞工学 (2014) 33 (9):961-966.

文献3:Kunitomi H, Oki Y, Onishi N, Kano K, Banno K, Aoki D, Saya H and Nobusue H: The insulin-PI3K-Rac1 axis contributes to terminal adipocyte differentiation through regulation of actin cytoskeleton dynamics. Genes Cells (2020) 25:165-174.

文献4:Takahashi N, Nobusue H, Shimizu T, Sugihara E, Yamaguchi-Iwai S, Onishi N, Kunitomi H, Kuroda T and Saya H: ROCK inhibition induces terminal adipocyte differentiation and suppresses tumorigenesis in chemoresistant osteosarcoma cells. Cancer Res (2019) 79:3088-3099.